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ステラコンサルティングができるまで第一話

1・体調不良と転職

平成19年10月、ボクはそれまで新卒以来勤めていた機械メーカーを退職しました。
ボクはどこにでもいる普通のサラリーマンで、法人営業を担当していました。その年の8月に子供が生まれていました。まだ妻は出産してすぐでしたからもちろん働いていません。その中で転職するという決断をしたのです。今思えば無謀だったなと思いますが、そこから急速にボクの人生は動いていきます。

悪いほうに、です。

退職のきっかけとなったのは不眠になったことが一つ理由としてありました。(お世話になったという思いもあるのであまり悪く書きたくないのですが)当時の会社では、営業職は定時よりも早く出勤させられ、朝一番から営業だけのミーティングを開くことになっていました。ボクが配属されていた営業所は役員の次に偉い部長と営業所の所長、副所長、先輩が一人に、ボクと後輩という人員構成でした。

そこでの日々は、なかなか辛かったです。毎朝2時間に渡るミーティング。ミーティングと言っても9割は部長が一人でマシンガンのごとく「営業とは何か」「業績が悪いのはなぜか」懇々と話すのです。怒鳴るのはもちろん、机を蹴り上げることもあります。ボクはまだ比較的良い方だったのですが、先輩や後輩は毎日のように吊るし上げられていました。でも不思議なものですね。一番先に参ってしまったのはボクでした。

子供が生まれた頃から、ボクは不眠になりました。入眠する瞬間に呼吸が乱れ、苦しさで目を覚ますのです。それが何日も続き、まともに眠ることができなくなりました。
まだ妻と子供は実家に帰っており、家では一人です。夜がとても長く、怖く、そして朝が怖くなっていきました。夜に落ちていく、そんな感覚ですかね。

そうして心身のバランスを欠いたボクは、それまで張りつめていた気持ちがプツンと切れてしまったかのようでした。気持ちは退職へと傾き仕事を探し始めた頃、ある社長と出会いました。
その社長はボクを「ウチに来ないか」と誘いました。ある呉服屋の社長でした。呉服屋ですから着物業界です。着物といえば、一着数十万もする商品を売る仕事だと思っていました。しかし、その店は破格の値段で売っているのです。

単純で冷静な判断力を欠いたボクは、そこにノウハウがあるのだと思いました。

ボクはそれまで抱えていた日々の不満を、その社長にぶつけました。「なんとなく仕事をしているだけの日々に嫌気が差していること」「どこかで自分を変えるほどがんばりたい」と思っていること。
これ自体は偽りではなかったのだと思います。ただ、そのタイミングと向ける方向は間違っていたのだと思います(結果的に)。

その社長は言いました。「いつでもすぐに店を持たしてやる」「お前のようなやつを待っていた」と。

今いる会社とは評価が全然違うんですね。2時間怒鳴りまくられる会社と、社長自ら面接で3時間も口説く会社です。
給料はどんなに働いてもそうそう変わるものでもなく、吊るし上げられている先輩とも後輩とも大して変わるわけではありません。社長は「30万だの40万だの言うな、1000万を目指すくらい言え!」と言います。

さすが自分の腕で食べている人は違うな、と思いました。

そして平成19年の10月にボクは退職し、その小売店へ転職することとなりました。東証一部上場企業から、社保すらない(違法ですが)、従業員数名の零細小売店への転職でした。

 

handworkcafe ステラコンサルティングができるまで第二話
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